前回は、私が偶然出会ったピアノ職人の方との経緯をお伝えしました。
今回はピアノ職人の方がピアノづくりを始められてから歩んでこられた道のりをご紹介したいと思います。

ご紹介する職人さんはピアノ技研工業の西尾治朗さんです。
西尾さんは調律師としてピアノの世界に入られてから一旦は業界を離れられたそうですが、もう一度ピアノの仕事に携わりたいと復帰されてピアノ修理や塗装の仕事をメインに始められました。
ピアノ技術者と言っても、ピアノ調律をおこなう方、修理がメインの方、あるいは塗装技術で高い技術を持つ方など様々です。
その中でも西尾さんは修理と塗装作業に特化されて、楽器店や技術者からの依頼でお仕事をされていましたが、やがて既存メーカーのピアノ構造や設計に疑問を持ち始めました。
そして、「自分で設計したオリジナルピアノをつくりたい」と思い行動に移されました。
しかし、ここからが大変な道のりだったそうです。

ピアノを構成する部品の中でも特に重要なのが、響板や鋳鉄フレームといったコア（心臓部）にあたる部品です。
これらはピアノの音色や音響を形作る大切な部品なので、自社製造が主流で情報の取り扱いも秘密厳守でした。
そのため、ピアノメーカーに依頼しても重要部品の小売りは当然お断りとなり、自社で製造しない限りピアノづくりは夢でしかありません。
実際に、戦後日本でも多くのピアノメーカーが誕生しましたが、結局は自社での製造コストが経営を圧迫して、その多くが倒産や廃業で消えていきました。

しかし、西尾さんの凄さはピアノづくりへの情熱と飽くなき行動力でした。
ちょうど、2000年代初頭から急速に経済が発展した中国国内では新たなピアノメーカーが次々と誕生しました。
その中で、上海にアートフィールド社というピアノメーカーがあり、同社がドイツの老舗ピアノメーカー「フォイリッヒ」と業務提携したことでピアノの重要な部品である響板や鋳鉄フレームを調達してオリジナルピアノの製造を開始しました。

西尾さんはこのアートフィールド社に赴き、重要パーツの供給をおこなってもらえないかと交渉しました。
最初は門前払いの毎日で苦しいことばかりだったと思いますが、西尾さんの情熱にアートフィールド社も特別な気持ちを感じたのでしょう。
最終的には「JF Hessen SHIZUOKA JAPAN」というブランド名で日本での製造が認められて、部品の供給を受けることができました。
さらに、西尾さんとアートフィールド社との絆を物語るエピソードとして、西尾さんが試作機をつくる場合は原価で部品を卸してくれたり、ピアノづくりにあたりたくさんの支援や励ましがあったそうです。
残念ながら西尾さんの熱意を汲み取ったアートフィールド社の代表の方はその後お亡くなりになりましたが、今でも西尾さんはこのブランドを守り続けて、さらに改良や独自性を高めて唯一無二のピアノをつくられています。

どのピアノメーカーも同じですが、創業者のピアノづくりへの情熱はとても大変なものです。
例えば、今でこそ世界的なブランドに成長したスタインウェイピアノの創業者、ヘンリー・スタインウェイもドイツでのピアノづくりに限界を感じ50歳を超えてから新天地アメリカに渡り、苦労を重ねながらスタインウェイ＆サンズを興しました。
また、近年大変な躍進を遂げているイタリアのファツィオリピアノの創業者であるパオロ・ファツィオリ氏も既存のピアノに対する不満と自身のピアノ情熱がモチベーションとなり、周囲の声を押し切ってファツィオリ社を設立して幾多の苦難を経てヨーロッパの老舗メーカーを凌ぐピアノをつくり続けています。
私は、西尾さんもこうした偉大な先達と同じ情熱を持ってピアノづくりをおこなっている職人だと感じています。
もちろん、ご本人はたくさんの困難や修羅場を何度も経験し、今も厳しい経済環境や輸入部品の高騰といった難題に直面されています。

しかし、私は西尾さんの情熱と信念はそれ以上に高く、必ず皆さまに素晴らしいピアノを提供できる日がすぐそこまで来ていると確信しています。
次回は、ピアノ営業の視点からこれからの新たな国産ピアノの可能性についてお話ししたいと思います。
カルペディエムでは西尾さんのつくるピアノを販売を通して応援しています。
ピアノ技研工業様のリンクを貼りますので、よろしければぜひご覧ください。

本日もご一読いただき、誠にありがとうございました。

ピアノカルペディエム
山下達也

ピアノ技研工業有限会社
※画像はピアノ技研工業製アップライトピアノ　JF Hessen121

当サイト内の文章・画像等の無断転載及び複製等の行為はご遠慮ください。